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『龍馬伝』第46回「土佐の大勝負」と後藤象二郎のお話

昨日の大河ドラマ『龍馬伝』第46回「土佐の大勝負」を見た同僚と、
「後藤象二郎の株がうなぎ登りでしたね」という会話をしていた時のお話。

同僚曰く、
「『教科書よりやさしい日本史』読んではじめて知ったんですけど、
 後藤象二郎って明治に入ってからも活躍するんですねー」

……そうなんですよ!

……と思わず力説してしまいましたが、
後藤象二郎、中学校だとほとんど習わないみたいなので
高校で日本史選択してない人には
あんまり知られてないんですね……。

日本史担当としては、むしろ明治になってから
よく名前が出ている印象があった人物なんですけども。

というわけで、高校の日本史の内容で、
後藤象二郎が関わっているものをざっと上げてみます。

・山内容堂を通して徳川慶喜に大政奉還を建議。
・王政復古の大号令で明治新政府が作られた時、
 土佐藩の代表として参議になる。
・1873年、明治六年の政変で西郷隆盛・板垣退助らと征韓論を唱え、
 征韓論が否決されると下野。
・1874年、板垣退助らとともに民撰議院設立の建白書を提出。
・1881年、板垣退助が党首の自由党の結成に参加。
・1886年ごろから、大同団結運動を唱えて反政府勢力を結集。

後藤象二郎、板垣退助とは幼馴染みなのですよね。
(そういえば龍馬伝、板垣は出て来ないんですね……)


あと海援隊の陸奥陽之助は
後に治外法権を撤廃した外相・陸奥宗光だったり、
高杉晋作と一緒に出ていた長州藩の井上聞多・伊藤俊輔の二人は
後の井上馨・伊藤博文だったりするわけですが、
そういう「幕末と明治の重要人物のつながり」を意識すると、
ますます幕末ものが楽しめますよ!
……と近代史好きとしては声を大にして言いたいのでした。
ありんこ(編集担当) * 日記 * 20:06 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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