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教科書よりやさしい?史跡紹介:萩市関連もろもろ

今回も受験シーズンですが空気読まずに(ry

前回の続きみたいな感じで。
教科書よりやさしい?史跡紹介:松陰神社&松下村塾

まずは長州藩の藩校明倫館……の跡にある明倫小学校。



この中にいくつか遺構が残っているそうですが、内部までは断念。
水練池、つまりプールがある藩校だったそうです!





続いて木戸孝允(桂小五郎)の旧宅。


1833年にこの家で生まれて、1852年に江戸に出るまで、
ここで過ごしたとのことです。
実際に誕生した部屋や幼少年時の習字、らくがきなんかも残ってます。



そしてそのご近所に高杉晋作誕生の地。


産湯に使った井戸などが残ってます。

桂小五郎・高杉晋作、ともに萩城の城下町の中に家があり、
本当にご近所だったんだなーと改めて感動しました。
高杉晋作が1839年生まれなんで、6歳差なんですよね。



この萩城城下町、街並みそのものが
国の史跡として指定されている立派な文化財でありまして。


当時の城下町の形がそのまま残っており、
古地図のまま歩ける町だそうです。
史跡巡りだとよく「当時にタイムスリップしたみたい」と
いう感想が出てきますが、まさにそれでした。


城下町にはこんなお寺もあります。


高杉晋作が幼少の頃に遊び場としており、
また伊藤博文も小さい頃に預けられていたというお寺です。
(伊藤博文は1841年生まれ、高杉晋作の2歳下になります。)






城下町から外れて、高杉晋作と共に松下村塾の双璧と並び称された
久坂玄瑞の生誕地はこちら。


高校の教科書的には1864年の禁門の変で敗れて
自害したことぐらいでしか出て来ない方なのですが、
松陰先生が長州第一の俊才と認め、
自分の妹を娶らせるほど松陰先生に愛された人物です。
西郷隆盛も明治維新後にその才を認める発言をしていたりします。
1840年生まれ、高杉晋作の1歳下ですね。



高杉・久坂・伊藤など、年齢見てると、
ちょうど高校生ぐらいの時に松下村塾で松陰先生に教わっていて、
そのことが幕末、そして歴史を動かすきっかけになってるのですよね。
坂本龍馬もそうですが、幕末の人物って20代30代で活躍していて、
ほんとに「若いエネルギーが歴史を作った」と感じるのです。
ありんこ(編集担当) * 史跡紹介 * 19:44 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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